大分地方裁判所 平成2年(ワ)523号 判決 1994年1月14日
原告
小野久子
右訴訟代理人弁護士
河野善一郎
被告
大分県
右代表者知事
平松守彦
右訴訟代理人弁護士
松木武
被告
株式会社日隈建設
右代表者代表取締役
日隈尚武
右訴訟代理人弁護士
小林達也
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金四六三八万六三一九円及び内金四三三八万六三一九円に対する昭和六二年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨
被告らは、原告に対し、連帯して金八〇二〇万四九〇六円及び内金七五二〇万四九〇六円に対する昭和六二年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は県道を原動機付自転車で走行中に転倒し傷害を負った原告が、転倒をしたのは右道路上で行われていたマンホール工事により生じた凹部等によるものであるとして、工事施工者である被告株式会社日隈建設(以下、「被告会社」という。)と被告大分県(以下、「被告県」という。)に対し損害賠償請求をした事案である。
一争いのない事実
1 原告は、昭和六二年一月二九日午前八時五分ころ、原動機付自転車を運転して、大分市大字賀来字車木三三八三番地県道大分挾間バイパス道路正内科医院先道路(以下、「本件道路」という。)を、挾間方面から大分市街方面に向けて進行中に転倒し、頭部を打ち脳挫傷の傷害を負った(以下、「本件事故」という。)。
2 本件道路はアスファルトで舗装整備された県道であり、被告県は本件道路の管理者として、道路を常時良好な状態に維持、修繕し、一般交通に支障を及ぼさないようにする義務があり、被告会社は、被告県から本件道路上のマンホール設置工事を請け負ったもので、工事施工者として、交通の安全に配慮し危険を防止する義務がある。
3 本件事故当時、本件道路では、マンホール(以下、これを「本件マンホール」という。)の口環据替工事のために、被告会社により円形のマンホール蓋を中心に、一辺二メートルの正方形にアスファルトが掘削されており、この掘削部に砕石が敷かれていた(以下、「本件工事部分」という。)。
二原告の主張
1 原告は原動機付自転車で本件工事部分上を時速約三〇キロメートルで走行し、同所のアスファルト舗装の路面と砕石の敷かれた路面との間に生じていた段差(三センチメートルから五センチメートル)や路面状態の変化にハンドルをとられ平衡を失い転倒したものであるところ、被告会社は、本件工事部分上に二輪車が進入してくること、そしてその場合には右のように転倒する危険があることを予見できたのであるから、道路を掘削した場合には、速やかにアスファルト舗装を行って復旧し、あるいは同所を通行する車両に対して道路上の危険を表示し、防護柵を設置するなどして危険を防止する措置を行うべきであるのに、本件事故前日、アスファルトを掘削した部分に砕石を敷き、展圧を行ったのみで一般車両の通行の用に開放し、通行車両に注意を喚起する標識等の設置をせず、工事施工者としての義務を怠った。
また、被告県は、本件道路に右工事による段差があり危険が生じているのに復旧又は安全対策を指導しあるいは自ら行わなかったのであるから道路の設置管理の瑕疵があった(国家賠償法二条一項)。
2 損害
(一) 逸失利益 四七一七万九四二六円
原告は、大分県医師会立大分高等看護学院に通学するかたわら帆秋精神病院に准看護婦として勤務し、事故前には年収金二七三万九六四五円を得ていたものであるところ、本件事故により脳挫傷の傷害を負い、昭和六二年一〇月七日ころには、ほぼ症状は固定するに至ったが、右上下肢機能全廃、歩行困難の後遺症が残り労働能力を全部喪失した。
原告は、症状固定時満三九歳の女子で、少なくとも満六七歳までの二八年間は就労可能であったから、その逸失利益の額は四七一七万九四二六円となる(一円未満切捨て、以下同じ)。
(式)2739645×17.221(新ホフマン係数)=47179426
(二) 慰謝料 二〇〇〇万円
原告は前記後遺症により、労働能力を失い、食事の用意等の家事もできなくなった。また、補助具を装着して壁等を支えにしなければ歩くことができず、外出には他人の介助を要する状態であり、甚大な精神的苦痛を受けた。
(三) 症状固定後の治療費、交通費 八〇二万五四八〇円
原告は、昭和六二年一〇月六日に湯布院厚生年金病院を退院した後も、筋肉の拘縮を防ぐため永冨脳神経外科病院に通院し、リハビリテーション及び投薬治療を受けており、これは平均余命に至るまでの四二年間継続する必要がある。
右通院治療による費用は交通費を含め月三万円を下らないので、右症状固定日から将来にわたり要する費用は八〇二万五四八〇円となる。
(式)30000×12×22.293(新ホフマン係数)=8025480
(四) 弁護士費用 五〇〇万円
三被告らの主張(争点)
被告会社は、アスファルトを掘削した部分には他の路面と同じ高さに砕石を敷き展圧したので、本件工事部分に段差はなく、仮に一部の砕石が散乱し段差が生じていたとしても原動機付自転車の通常の走行の障害となるようなものではない(被告県においては、一、二センチメートル以下、被告会社においては二、三センチメートル以下の段差であると各主張する。)、さらに本件道路付近に工事中である旨を示す看板及び「お願い」等と書かれた看板を設置していたのであるから義務の違反はないとし、被告県も同様に道路の設置管理に瑕疵はない旨主張する。
そして、被告らは、本件事故は専ら原告の信号無視や速度超過の無謀な運転によるものであると主張し、仮に被告らに責任があるとしても、損害額や原告の過失の割合について争う。
第三争点に対する判断
一本件道路の安全性について
1 証拠によれば次の事実が認められる(<書証番号略>、証人甲斐利幸、同佐藤憲一、同恵藤信二、弁論の全趣旨)。
(一) 被告会社は、被告県から、昭和六一年一二月二八日から昭和六二年二月一三日までを工期として、本件マンホールを含む合計一〇箇所のマンホールの新設、据替工事等を請負ったものであり、昭和六二年一月二八日午前中に本件マンホールの周囲を一辺二メートルの正方形(深さ一〇センチメートル)に掘削し、マンホールの口環(直径七九センチメートル)を据替えた上、掘削部を三〇ミリメートル以下の砕石で埋め戻して展圧し、アスファルト舗装の路面と同一の高さにし、さらに同日午後五時ころ、機械(タンピングランマー)で展圧し直した後、本件事故の発生した翌二九日午前八時ころまで同所に防護柵を設置することなく一般車両の通行の用に開放した。
(二) 本件道路は、挾間方面から大分市街方面に向かう片側二車線(右大分市街方面行き車道の二車線のうち、左側が左折車線であり、右側が直進車線である。)の交通量の多いアスファルト舗装道路であり、本件マンホールは、左折車線と直進車線の区分線上にあって本件工事部分は直進車線左側部分に区分線から一メートル程くい込んでいた。
(三) 原告は、本件道路を帆秋精神病院への通勤途中に原動機付自転車で通過したもので、本件工事部分の挾間方面寄り手前約五〇メートルのところにある交差点を、対面の信号機の表示が黄色から赤色に変わるころさしかかり、一旦、速度を落とし停止しかけた後、本件道路の直進車線左側部分に向け加速進行し本件工事部分付近を通過したところ、上下に揺れ重心を失うようにぶれて転倒した。
なお、その際、原告車両の周囲には他の車両は走行していなかった。
(四) 本件事故直後、警察官が本件道路の実況見分を行った際には、本件工事部分の周囲には砕石が散乱し、アスファルト舗装の路面と砕石の敷かれた路面との間には段差があり、本件工事部分から大分市街方向へ五メートル余りの地点から原告車両が倒れていた地点に向けてブレーキ痕が残っていた(なお、証人恵藤信二は、散乱していた砕石は僅かであり、右段差は存在せず、またブレーキ痕はなかった旨証言するが、右に照らし信用することができない。)。
2 右の事実のとおり、本件工事部分の砕石は、機械により展圧したのみであり、交通量の多い道路において、約一五時間にわたり大型車両を含む一般車両の通行の用に開放されたのであるから、徐々に砕石が飛散していったものと推定され、本件事故当時、アスファルト舗装の路面と砕石の敷かれた路面との間には段差が生じていたものと認められる。そして、二輪車が平坦なアスファルト舗装の路面から砕石の敷かれた路面に進入し、しかもそこに段差が存在した場合、少なからず揺れを生じハンドルをとられる可能性があることは否定できず、原告の転倒状況や事故後に認められたブレーキ痕の状況を合わせ考えると、原告の転倒は、右段差や路面状態の変化によるものと言わざるを得ない。
3 もっとも、右段差が具体的にどの程度のものであったかは、本件事故後、本件工事部分にアスファルト舗装がなされ、また本件事故現場の状況を記録した資料も残っていないため明らかではない。右段差は展圧された砕石が車両の走行により飛散して徐々に生じたものであるから、段差としては大きなものではなく(原告の主張によっても三センチメートルから最大で五センチメートル)、また均一なものでもなかったと考えられるので、本件道路の安全性については、さらに検討を要する。
道路の安全性は、その構造や場所、利用状況等諸般の事情を総合して判断すべきところ、本件道路については、前記のように本件工事部分に段差が認められる他、本件道路がアスファルトで舗装整備された平坦な直線の道路であり、二輪車を含め多数の車両が高速で走行することが予想される場所であること、本件工事部分の位置、大きさは前記認定のとおりであり、二輪車が直進車線を走行する場合には、本件工事部分上を通過する可能性が高いこと、その場合には段差の存在や路面状態の変化が、四輪車に比べて安定性に乏しい二輪車の走行に少なからず影響を与えると思われることを認めることができる。
また証拠によれば原告は昭和五一年に原動機付自転車の運転免許を取得し、通勤にも原動機付自転車を利用していてその運転には慣れていたものと認められること(<書証番号略>、原告本人)、そして原告の本件事故時の速度を客観的に明らかにする資料はないものの、原告が直前の交差点に進入するに際し、一旦速度を落とし停止しかけたことを考えると、その後加速したことを考慮しても証人佐藤憲一が証言するとおり時速三〇キロメートルから四〇キロメートル程度の速度で直進車線左側部分を進行したものと認められることを総合して考えると、原告の本件事故時の走行は、二輪車の走行として通常予想される範囲内のものであったといわざるを得ない。にもかかわらず、実際には本件工事部分付近において上下の揺れが生じ、平衡を失って転倒するに至ったのであるから、本件道路は、二輪車の走行につきその安全性に問題があったと考えるほかない。
4 被告らは、原告の直前の信号無視や制限速度を超過した走行が本件事故の原因であると主張する。しかし、前記認定のとおり原告の本件道路での走行は、原告にも過失があるかどうかはともかく進路の点においても速度の点においても本件道路において通常予想される範囲をこえるものではなく、また直前の交差点での進入の態様が原因となって、原告が本件道路上を通常予想もされないような危険あるいは特異な方法で走行するに至ったと認めるに足りる証拠もないので、被告らの主張は理由がない。
5 なお、被告らは、本件マンホール工事の安全対策として、掘削部を砕石で埋め戻すほか、工事中である旨を示す看板及び「お願い」等と書かれた看板を設置していた旨主張している。
証人恵藤信二によれば、被告会社は、本件事故前日、砕石の埋戻しが終了した際、工事中に掲示していた右看板を片付け、やはり工事中に使用していた防護柵とともに交差点付近の歩道上にまとめて置いていたことは認めることができるが、これは通行車両に注意を喚起するために設置されたものでも、また走行車両から目につきやすいように考えて置かれたものでもなく、工事の中断に伴い歩行者の支障にならないように歩道の広い部分にまとめて片付けていたものに過ぎず、被告会社が危険を回避するために安全対策を施したものとは認められない。
6 以上のとおりであるから、本件道路には、原動機付自転車等の走行にとって、通常有すべき安全性が欠如していたものと認められ、被告会社は掘削部を砕石で埋め戻し、展圧しただけでは、砕石が一般車両の通行により飛散して段差が生じ、同所に進入してくる二輪車の走行には危険な状態となることを予見して、工事部分を速やかにアスファルトで舗装し、あるいは工事部分が存在することを示す看板等を設置するなどして、通行車両に危険が生じないようにすべきであるところ、このような措置を行わなかったのであるから注意義務の違反があったといわざるを得ず、被告県についても本件道路の設置管理に瑕疵があったというほかない。
二損害額
1 逸失利益
原告は、本件事故時まで特別既往症もなかった健康な女子であり、大分県医師会立大分高等看護学院に通学するかたわら帆秋精神病院に准看護婦として勤務し、事故前には年間二七三万九六四五円の給与所得を得ていたものであるところ、本件事故により脳挫傷の傷害を負ったものである(<書証番号略>、証人永冨裕文、原告本人)。原告が脳に負った傷害は基本的に回復不能なものであり、昭和六二年一〇月六日に湯布院厚生年金病院を退院した後は、主に筋肉の拘縮を防止するための治療が行われていることを考えると、遅くとも原告の主張するように同月七日ころまでには、原告の症状はほぼ固定した(症状固定時満三九歳)と認められるところ、原告は脳挫傷により、右側上下肢の機能をいずれも全廃し、歩行困難となって外出には他人の介助を必要とし、家事をすることもほとんど不可能になるなど日常の生活に重大な支障が生じているのであって、その労働能力を全部喪失したものと認められる(<書証番号略>、証人小野正人(第二回)、同永冨裕文、原告本人)。
そして、原告の勤務状況等を考えると、本件事故がなければ少なくとも満六七歳に達するまでの二八年間就労し給与所得を得ることができたものと認められるので、原告の逸失利益を算出すると、その額は四七一七万九四二六円となる。
(式)2739645×17.221(新ホフマン係数)=47179426
2 慰謝料
原告は前記後遺症により、重度の身体障害者となって労働能力を失い、歩行や日常の生活にも支障が生じていること、その他本件訴訟に現れた諸事情を総合勘案すると、原告の後遺症による慰謝料は一八〇〇万円とすることが相当である。
3 症状固定後の治療費、交通費
原告は、筋肉の拘縮を防止するため症状固定時から医師の指示により永冨脳神経外科病院に通院し続け、これは生涯継続する必要があると認めることができる(証人永冨裕文、同小野正人(第二回)、原告本人)。そして、平成二年三月分から(ただし同年四月分を除く)平成四年一〇月分までの三一か月分として要した費用が三六万一三六〇円であり、年平均では一三万九八八一円となることを考えると、将来にわたり年間、右程度の費用は必要となるものと認められる(<書証番号略>)。
また、原告は、ほぼ一日おきに通院し、自宅から病院までの往復には、原告が歩行困難であるため原告の夫が運転する自動車を利用しているところ、これを通常の交通機関を利用して往復した場合に換算すると、一往復に少なくとも一〇〇〇円は必要と認められる(月に一五日通院すると考えて年間一八万円。)(証人小野正人(第二回)、原告本人)。
従って、交通費を含めて年間必要となる費用は三一万九八八一円となり、原告が症状固定後、平均余命に至るまでの四二年間の損害は七一三万一一〇七円と認められる。
(式)319881×22.293(新ホフマン係数)=7131107
三過失相殺
本件道路は前記のとおり交通量の多い道路で、事故発生の前後においても多数の車両が走行していたと推測されるところであるが、本件事故発生直後に本件道路を二輪車で走行した証人佐藤憲一の証言によれば、本件道路を走行する他の車両については、本件工事部分の存在により格別問題を生じていなかったこと、同人自身も問題なく本件道路を走行したことを認めることができる。
また、前記認定のとおり本件工事部分は二メートル四方の大きさであるところ、本件道路は直線道路で見通しも良好であり、事故発生時には原告車両付近を走行していた他の車両はなかったことを考えると、原告は本件工事部分が存在することを発見し得たものと認められる。
道路を走行する場合には、原告は、常に前方はもちろん周囲の状況に注意を払い、本件工事部分のような段差や路面状態に変化があるときには、右工事部分を避けて通行し、あるいは右工事部分を通過することにより安定を失うことのないように法定速度からさらに減速するなど、具体的に交通の状況や路面の状態、自己の運転の技量に応じた適切な速度と方法で運転進行する注意義務があるというべきであり、前記のように他に走行に支障を生じた車両がないこと、また原告が加速進行したことを考慮すると、原告にはこれを怠った過失があるというべきである。
従って損害額の算定にあたっては、以上の事情を考慮し原告の過失を四割として過失相殺するのが相当である。
四弁護士費用
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、三〇〇万円と認めるのが相当である。
五以上のとおり、原告の請求は四六三八万六三一九円及び内金四三三八万六三一九円に対する原告の症状固定後である昭和六二年一〇月八日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官森冨義明)